
軽井沢と教会の歴史は、今からさかのぼること144年前の1886年(明治19年)に当時は中山道宿場町として衰退していた軽井沢を、偶然にカナダ人の宣教師「アレキサンダー・クラフト・ショー」が訪れたことに始まる。
当時の軽井沢の豊かな自然と爽やかな気候が、故郷と似ている事に大変感銘し、友人や仲間の宣教師に軽井沢を紹介した。
やがてその話を聞きつけた外国人達の避暑地としての別荘が増え始め、その彼らの為の礼拝堂が初めて建てられた。
それが現在の旧軽井沢銀座通りの外れにある「ショー記念礼拝堂」だ。

「軽井沢聖パウロカトリック教会」は1935年(昭和10年)に設立された。
設立されるきっかけは、当時の教会のほとんどが「プロテスタント宗派」のものだったため、英国人神父レオ・ワルドが、是非とも「カトリック信者」の為の教会設立を嘆願した。
軽井沢でも、また日本のクラシックホテルとしても有名な「万平ホテル」の創始者の「佐藤万平氏」がレオ.ワルドのその熱心な想いを知り、快く土地を寄付され、米国人建築家のアントニオ.レーモンドの設計によって、現在の「軽井沢聖パウロカトリック教会」が完成した。
「カルロス・マルテイネス司祭」が遠くコロンビアからこの軽井沢の聖パウロカトリック教会に赴任されたのは1956年で、今年で54年目となる。

赴任当時の「カルロス司祭」 |
 「カルロス司祭」の愛車。
現在でも現役。 |
 美智子様と共に。 |
 当時の中曽根首相と。 |
 「聖パウロ幼稚園園児と」
現在でも現役園長先生。 |

いつも全力の園長先生 |

愛の祝福を |
 感謝 これからの御活躍
お祈りいたします |

「軽井沢の教会で結婚式」というブームを作ったのも、この軽井沢聖パウロカトリック教会とカルロス司祭であることはあまり知られていない。
赴任後に、カトリック本部と掛け合い、一定の条件さえ満たせば、信仰や宗派を問わずに結婚式をあげることの許可を得られたのも「カルロス司祭」の軽井沢に対しての寵愛の証だったのかもしれない。
堀辰夫氏の小説「木の十字架」にも軽井沢聖パウロカトリック教会は登場し、「聖パウロで結婚すると多くの人たちから祝福される」という彼の言葉は今でも生き続けている。
芸能人をはじめ多くの方がカルロス司祭のもと挙式を挙げられて、その数は14504組を数える。

今年で81歳を迎えられ、なおまだ現役の司祭でもある「カルロス神父様」に赴任当時の軽井沢、そして現在の軽井沢について伺った。
昔の軽井沢の冬は今と比べてもとても寒く、また暖房設備など無い時代で、冷蔵庫の中に手を入れ暖をとっていたそうだ。
現在は設備も良くなり、また多くの方々が変わらず軽井沢を訪れてくださる。
それがなによりもありがたい事ですね。と笑顔でこたえて下さった。
「軽井沢聖パウロカトリック教会」。
軽井沢にお越しの際は、是非ともお立ち寄りください。
公式ホームページは
http://www.karuizawa-stpaul.org/
(一部写真提供:軽井沢聖パウロカトリック教会)
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